淡い恋バナはいつしか重めの婚バナへと移りゆく

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こう見えて女子大生、それも歴4年のヒラツカアキコでございます。

これまで20余年オンナとして生きてきまして、それ相応の恋バナというやつを経験してまいりました。
それは大学生となった今でもしないわけでは決してなく、寧ろ話の濃さや現実味、あらゆる側面においてそれを進化させて継続しているのであります。

オトコの人が如何なものかは存じませんが、オンナの恋バナ、高校卒業以後はなかなか淡いことだけ語ってもいられなくなるのが常なのです。
結婚という先人たちが採用してきた大変複合的な仕組みについて、ご飯へ行くたび議論を繰り出す。
我らは本当にそれをしたいのか?するならタイミングはいつなのか?どんな相手が望ましいのか?

愚問を永遠に繰り出し続けてたどり着くのは「考えたって仕方ない」というある意味荒唐無稽な結論で、そうであるのにも関わらずオンナたちは結婚するまでこんな話題を捏ね繰り回して多くの時間を議論に費やす。

ただの恋バナを人生に適用出来なくなったとき、人は恋バナを婚バナ、つまりは結婚などの人生誰かと添い遂げる的な話へと昇格させていくのであります。

わたくし最近思うのです。
これってすごく無駄なんじゃない?真剣に結婚について悩んでるけど、それってマジで意味なくない?

そんなこと言ったって仕方ないのですけれども、この苦難から逃れるためには結婚するしか道が無いような気が致します。
シアワセな結婚という夢を描いて苦難し続ける生活から卒業するため、いろんなことを妥協して適当に結婚しちゃったほうが、寧ろシアワセなんじゃない?
そう思ってしまうのも無理はない、自分で自分を慰める日々であります。

まあ早くに結婚したとて、結婚したらしたでまた次の苦悩が待ち構えているに違いなく、淡い恋バナは重めの婚バナへ、重めの婚バナは更なる何かしらの苦悩話に昇格されるだけの話なのでしょう。

そうなると恋だの愛だの全てが煩わしい存在に思えてきますが、そうではない、愛があるからこその人生よ、なんてことを心から思える人間になりたいものですね。

もう愛なんていらない、あらゆる苦悩の行き先がそこではないことを祈っております。

 

ヒラツカアキコ