ヒラツカアキコ、この世を去るかもしれませぬ

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本日炎天下で友とブランコに乗り語らっていたところ、あまりの暑さに頭痛がし、最寄りのスーパーへ逃げ込むこととなりましたヒラツカアキコでございます。

本日までわたくしの拙いブログにお付き合いいただいた皆さまに、ちとお知らせしたいことがございまして筆を手に取った次第であります。

わたくし学生であった頃からこのブログを始めたのですけれど、そろそろこちらのはてなブログを卒業しようと考えております。

その理由としましては、本ブログでの投稿開始当初より考えていた有料ブログへの移行作業に取り掛かっているからでございます。

レンタルサーバーを契約し、独自ドメインを取得し、WordPressをインストールし、そのテーマを購入し、つまりはアキコ、本格的にブロガーになろうとしております。

しかしわたくしヒラツカアキコ、このはてなブログで気ままに文を綴る為だけに生まれた半分架空の存在でして、なんといいますか今後ヒラツカアキコが存在し続けることが困難となってしまうことを懸念しているのでありますが、この状況皆さまにご理解いただけますでしょうか。

有料ブログはまだ諸々の設定が完了しておりませんので、記事の投稿はしばらく先になるかと存じます。それまでアキコ、存在を消されぬようにこちらで思いを綴って生き延びる所存でございます。

世は真夏、暑くて仕方の無い状況ですが、どうか卒倒されませぬよう。

それでは皆さまごきげんよう

 

ヒラツカアキコ

新人だからってハツラツとしてられないわよ

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数ヶ月もの間投稿をサボっておりました、ヒラツカアキコでございます。

わたくしは今年の4月から作業療法士として病院で勤務しております。

3ヶ月間の試用期間が終わり、今月から晴れて正社員となったわけなのでございますが、未だ新人という立場で肩身が狭い生活を送っております。

どのような職場であっても新人というのは、積極的に雑用を引き受けたり積極的に先輩へ教えを乞うたりと、なにかと積極性が求められているような気がいたします。

ですがわたくし、元々の性格であったり雰囲気であったりが諸々作用いたしまして、積極性を評価された経験がほとんどございません。自分では余裕を失うほどに懸命に取り組んでいるつもりでも、周囲からは手を抜いているように思われることがしばしばございます。

そんなわけでわたくしは「新人」という立場でありながら、「新人」に求められている積極性やハツラツとした感じを出せないことで、日々若干のストレスを抱えながら社会人生活を送っているのであります。

実際とくに「君は新人なのにハツラツとしてない」だの何だの言われた覚えはないのですが、きっとそんな風によい評価はされていないだろうと一人勝手にネガティブな思考をしております。

元来ハツラツという言葉からはかけ離れた人間ですので、なかなか理想の新人に成り代わることは困難かと存じますが、心に余裕のあるときは少しの活力を上乗せして生きてみようと思っている次第でございます。

社会人1年目、ひとまず死なぬように病まぬように、仕事を続けることを目標といたします。

それでは皆様ごきげんよう

 

ヒラツカアキコ

2020年アキコの人生振り返り


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もうすぐ2020年が終わりを告げようとしております。

ほんの数時間前に別の記事をアップして、さて年越すぞ、なんて思っていたのですけれども、今年1年何があったか振り返りたくなりまして、再び文字を綴り始めた次第であります。

年の終わりはポジティブに。次の年をより幸せに過ごせるように。

明言したことはございませんでしたが、こちら私の年末モットーでございます。

2020年に経験した出来事や、それに伴い生じたポジティブな感情や成長をこれから記して参ります。

多少長ったらしい文章になりそうな予感がしておりますが、どちらかというと後々自分で見返すための記録のようなものですのでどうか悪しからず。

 

作業療法士の先輩に会いにゆく

先輩、というのは1個2個上の先輩という訳ではございません。大学の先生の同級生に当たる大先輩にお会いいたしました。

先輩は病院やら福祉施設やら、そういった所でなく一般企業で働いてらして、ハァ作業療法士の資格を持ちつつもそんな活躍の仕方もあるのね!と大層感激した記憶がございます。

私も新たな専門性を獲得して充実した人生を送りたいわ、と強く思うきっかけとなった出来事でございました。

 

②サークルの勧誘活動

わたくし大学でとあるサークルに属しているのですが、コロナ渦でまともな活動もできない最中、今年の春は懸命に新入生を勧誘する活動をしておりました。

本来4月からは作業療法の臨床実習が実施される予定だったのですけれど、コロナで中止となりまして、ただただ家でどうにか生活を続けることを余儀なくされておりました。

当初は実習のために勧誘は出来ぬものと思っていたのでありますが、大層暇になったものですから、やらむとなったのでありました。

ZoomやらTwitterやらLINEやら、あらゆるツールを駆使しつつ、見知らぬ人々を組織へ引き入れてゆく。

ただでさえ先の見えない生活のなかで慣れぬ勧誘をすることは、私にとってまぁまぁ負荷のかかる出来事でございました。

ただ試行錯誤しながら勧誘をがんばりまして、10名ほどの新入部員を獲得し、なんだか報われた気持ちになったことを覚えております。

当時はただただ懸命にやっておりましたが、今となれば友人の助けを借りつつも、殆ど1人で小さなサークルに10人を集めたのは快挙であったと思っております。

SNSの運用や初対面の人との対話、画面越しに行うプレゼンなどなど、勧誘活動を通して多くの経験をすることが出来たように思います。

 

作業療法の臨床実習

2ヶ月間、病院での臨床実習を積みながらド田舎暮らしをしておりました。

実習ですので学ぶことはもちろん沢山ございました。

多くの学びを得るなかで、最も良かったと感じているのはある作業療法士の先生と出会えたことでございます。

3日間だけその先生に付かせていただき見学などさせていただいたのですが、その方は私が初めて「こんな作業療法士を目指したい」と思えた先生でありました。

その先生は、人と一緒に働く時に、必ずその人の名前を呼ぶ、それは相手を尊重しているということ、といったお話をしてくださいました。

憧れの、と言いますと少し照れくさいですが、この憧れの先生の教えをこれから実践していく所存です。

 

④後輩とご飯へ行く

わたくし大学4年になるまで、後輩という後輩がほぼ皆無といった具合でして、なんだかいつも恩を受け取るばかりだなぁと感じておりました。

4年になると同じ専攻の後輩に知り合いが出来まして、これまでいただいたご恩を還元するチャンス!と思いましたので、何かの時に頼ってもらうべく数人の後輩とご飯へ行き仲良くなる試みをいたしました。

実質的に何か後輩の力になれた訳ではございませんが、恩返し活動の第1歩を踏めたこと、自分を褒めたいと存じます。

これからもっと、今までたくさんの方にいただいたご恩を社会に還元できるよう努めてまいります。

 

⑤就活をする

来年春には働くつもりでしたので、就活をしておりました。

1度とある病院の採用試験に落ちたのですが、それが将来の働き方を再考するきっかけとなりました。

詳しくは別の記事に書いておりますけれども、ここでもまた「この人に着いていきたい」と思える作業療法士の先生と出会いまして、私も頑張りたいと気持ち改め邁進する心持ちを作ることが出来たのでございます。

精神的にダメージも受けながらおこなった就活ではございましたが、自分自身と向き合う良い機会となりました。

逃げずに最後まで就活して偉かった、そう自分を甘やかすことにいたします。

 

⑥今後のサークルへの関与について熟考する

私の所属するサークルは少々特殊な組織でして、社会人になってもがっつり関わる可能性の高いものでございました。

先行きの見えない最中で今後のことを考えるのは非常に難しく、これからどうしたいのか、どうすべきなのか、今私はどうあるべきなのか、沢山悩みもがいておりました。

結果的に今後の方針はある程度たちまして、悩みは解決されたようなものなのですが、いやはや随分とよく考えて日々を過ごしたものでございます。

1年前の私なら、考え抜くことを諦めて何らかの妥協点を探した挙句、どこかに放っぽっていた可能性が十分にある案件でございました。

逃げない、納得する道を探る、とことん向き合う。

我ながら、よく頑張ったと思っております。

 

大変長くなりました。そのような1年間でございました。

毎日の生活が例え地味でもしんどくても、あとから振り返ると案外と努力していると思えたり、成長を感じることが出来たり、ということがございますね。

1年単位ではなく、さらに昔、2年前や3年前を思い起こせば、より自分の成長を感じられるような気がいたします。

何はともあれこの1年よく頑張りました。私も私の大切な人も誰も彼も、本当によく頑張りました。

それでは、来年も実りある1年となりますように。ごきげんよう

 

ヒラツカアキコ

大晦日、この世の循環を感じております


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本日は2020年12月31日、大晦日でございます。

年末ということでわたくし約1年振りに実家に帰っておりまして、かつては無かった家族との共同生活における居心地の良さを感じております。

小学生の頃の将来の夢は「大学生になって一人暮らしをすること」だったのですけれども、実際に一人暮らしを満喫していますと、時たま誰かと暮らしたいなんて思うことがございます。

特に今年はコロナでずっと家に1人でいたものですから、いつもより孤独感を強く感じていたのやも知れません。

現代は昔と価値観が変わっている部分も多くございますが、いつでも(多くの)人は大人になるとやがて結婚し家庭を築き、次の世代を育ててゆきます。そして、育てられた世代の者はまた家庭を築いてさらに次の世代を育ててゆきます。こうしてこの世は循環してゆくのでございましょう。

わたくし以前までは家庭を築きたいとか子供を産みたいとかを強く願うことは無かったのですが、先に述べた循環というやつを、なんとなしに意識するようになっております。

特にきっかけなどございませんが、あぁ私もこの循環の中に存在しているのだなぁ、なんて思うのでございます。

その循環の象徴がひとつの家族だと思っていまして、実家に帰ると家族の存在をいつもより強く感じ、私もいつかは結婚したり出産したりするのかも知れぬなぁとふと感じるのであります。

そんな悠長なことを今思うことができるのは、恐らくこの1年諸々の困難を乗り越え、抱えるモヤモヤを解消し、さて年越すぞと準備が出来たということなのだと思っております。

大学生活ではそれ以前の生活と比べて圧倒的に苦しむことが減ったぶん、なんだか頑張れていないなぁと思うことが多かったのでございますが、今年は誰がなんと言おうと頑張った1年でございました。

そのように思えることは我ながら素晴らしいことだと思うのですが、こういったことは忘れぬうちに文章として残しておこうという気になりまして、本年最後のアキコの日記とすることにいたしました。

皆さまも大変な1年を送られたことと存じます。来年はきっと頑張った分の幸福が訪れることでしょう。

それでは皆さま良いお年を、ごきげんよう

 

ヒラツカアキコ

言語化出来ないエモさについて

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わたくし昔から文章を書くことが好きでして、小さき頃は調子に乗って詩を書いたり、遠き土地に住まう友へ手紙を書いたりといったことをしておりました。

幼い頃は知り得る語彙の数が少ないせいか、はたまた感受性が豊かであったからか、自身の気持ちをうまく言語化できないことへのウズウズ感をしばしば感じていた記憶がございます。

感じたことや考えていることを上手く言語化できないことへのもどかしさを感じるとともに、ある種のエモさも同時に感じていたような気がいたします。

言葉で表せないこの気持ち、こんな感情があっただなんてというこの世に対する感激、言語化せずとも伝わっているような気がするテレパシー感、、、

幼い頃にはそういったことをよくよく感じておりました。では現在はどうかというと、全く無いとは言い切れないものの、頻度としてはかなり少なくなっております。

恐らくそれは、知り得る言葉の数が増えたこと、そして自身の知り得る言葉だけで完結させるようになったこと、これら2つの要因が絡んでいるように思うのでございます。

語彙数というのは生きていると自然と増えていくものでありましょうし、それはとても素晴らしいことだとも思っております。知っている言葉がたくさんあると、その分豊かに生きられるような気がするのは私だけでございましょうか。

それとも関連いたしますが、感情や考えを言語化しようと思えば、既に知っている語彙を使うほかありません。なにか複雑な感情を抱いていたとしても、自身の知る何らかの言葉で言い表すことができれば、それで満足してしまうことは多分にあるかと存じます。

私は高校時代、現代文が最も好きな授業であったのですが、その授業のなかで「実感する」という語彙は非常に便利な言葉だと教えられた記憶がございます。そのせいか現在私は「実感する」という言葉に多くを委ね、その語彙を使用することにより言いたいことを言い表せた気になることがしばしばあります。

こういったことが積み重なり、かつて幼い頃に感じていた「言語化できないことへのエモさ」を失いつつあるのでございましょう。

自身の成長を感じさせられるとともに、少しの虚しさも感じさせられる事実でございます。

今後より多くの語彙を取り扱うことができるようになれば、自身の抱く感情や考えそのものにより近い形での言語化が可能となり、それらを他者と共有し、もっと幸せを感じられるやもしれません。

そんな期待を込めながら、明日からも地道に生きてゆきたい所存でございます。

それでは皆様ごきげんよう

 

ヒラツカアキコ

職場選び、むずいでがんす

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現在絶賛就活中、作業療法学生のヒラツカアキコでございます。

一般的な就活と申しますと、大体夏頃には内定を貰っているのが普通なのでしょうけれども、医療界隈、少なくとも作業療法士理学療法士の就活の山場は大抵秋頃にやって参ります。

私の友人の多くは10月頃に試験を受けて、随分あっさりと(失礼かしらん)内定を貰っておりました。一般企業へ就職するのはES書いて送ってどうこう、詳しくは存じませんが、私達より苦労の多いイベントであるように感じております。彼らに比べると、作業療法学生の就活なんてお茶の子さいさいでございます。

ところがどっこい、12月になった現在もアキコは就活を続けているのです。なぜなら11月半ば(割と遅め)の試験を受けたところ、11月末(3週間待ち申した)に貴女は不採用でありんすとの通知をいただいたからなのであります。

アキコは怠惰な人間ではございますが、就職先選びには多少の本気を見せておりました。ですが当初思い描いていたものとは異なる現実が訪れたことで、今後どうしたものか、私は一体どのような人生を歩んでいきたいのであっただろうか、と頭を悩ませることになりました。

終わるはずだった就活は、紅葉が色づき散りゆくなかで、冬の訪れが感じられても終わりが見えぬままでございます。改めて就職先をどう選ぶべきか、アキコは心新たに考え直すことにいたしました。

作業療法士の勤め先の多くは病院その他の医療機関でございますが、病院にもその機能や規模や待遇やら、様々違いがございます。一つの資格を有する(ことが見込まれている)学生たちは、それぞれの思いを遂げるべく勤め先の病院を探すのです。

私の場合、当初は様々な疾患が見れることや、あまりバリバリやらずともよい穏やかな雰囲気のある病院で働くことを希望しておりました。ぼちぼち勉強する気はあるけれども全力をあげて働く気はない、そんな心持ちで就活に臨んでいたのでございます。

しかし1度不採用と言われたことで、より多くの病院を見学し、より多くの先輩作業療法士の方と出会う機会が生まれました。その中でアキコは、患者さんのために全力尽くしてやらんでもないぞ!という気持ちを呼び起こすことに成功し、比較的やりがい重視の職場選びにシフトすることにしたのでございます。

この世界の就活は一度に複数の病院を受けるということが許されぬ風習がありまして、それゆえに私は未だ内定をいただけておりません。ですがやる気さえ取り戻すことができれば、あとはこちらのものでございます。散々自分に合う職場はどこか考えた挙げ句に、どこになっても置かれた場所で頑張りますわ、という寛大な心で就活を継続することができるのであります。実に屈強でありましょう。

そうは言っても職場によって人生左右されるところはございますし、就活にはしっかり考えて計画的に取り組むべきかと存じます。ただ運命に身を任せる勇気や見えない赤い糸(大学のH先生が言っていた)を信じることも、ナシではないのでございましょう。

私はそのうち就活アドバイザーとして、今の経験を後輩のために役立てたいと考えております。何事も無駄になることはございませんね。

できれば今月、少なくとも来月までに、どこかしらの希望する就職先候補地から内定をいただけるよう精進いたします。それでは皆様ごきげんよう

 

ヒラツカアキコ

『リハビリテーション入門』を至って真面目に読みまして

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皆様ご機嫌いかがでしょうか。わたくしリハビリテーション職を目指す大学生、ヒラツカアキコと申します。

日頃より不勉強なわたくしは、将来リハビリテーションに関わる仕事に就こうとしながらも、リハビリテーションの何たるかを語ることができずにおります。

就職試験を控えておりますし、改めてリハビリテーションについて勉強したしと思いまして、この度大田仁史先生の『リハビリテーション入門』なる書籍を手にしたのでございます。

この本を書かれた大田先生は、地域リハビリテーションを切り開いて来られた大先生でいらっしゃいます。この『リハビリテーション入門』のなかでも、リハビリテーション、ないしは地域リハビリテーションについてのお考えを示されておりました。

これよりわたくしがこの本を読んで印象深かった文言を引用などさせていただき、感想なんてものも述べさせていただけたらと存じます。

 

まずは序章に書かれたこの一文から。

”リハビリは、個々の技術的なサービスを整えることも重要であるが、突き詰めていくと障害をおった人々が地域で普通に暮らせるシステムや町づくりに行きあたると確信を持つようになっていた”

昨今は少子高齢化や人口減少といった問題を抱えた日本において、地域医療や地域リハビリテーションの考え方が重要となると説かれております。地域を語るうえでは、「地域包括ケアシステム」や「まちづくり」といったキーワードがよく取り上げられているように思います。

これに関連して、大田先生は以下のようにも述べられております。

”地域リハビリの本質は、地域が障害者を抱えて疲弊することなく、力強く、すなわち誰もを包み込んでいけるように変わっていくことだと考えている”

これよりわたくし、地域リハビリテーションの本質は、地域を支えるシステムやまちづくりといったところにあるという解釈をして差し支えないと判断いたしました。

地域、地域と言うなれど、どこからどこまでが地域リハなのでございましょう?

わたくしは以前よりそのような疑問をいだいておりましたが、きっと範囲を指定するようなものではないのでありましょう。もっと懐の深い、大きな考え方を示すものなのでありましょう。

 

”どのような人であっても、最期までリハビリを必要とする。そのことで、人の人権を守ろう、と考える。いわば当然のことで、終末期リハビリは誰も切り捨てないという決意表明であった”

こちらは4章「川上から考えられたリハビリテーション医療の流れ」のなかの一文でございます。

終末期リハビリは「加齢や障害の進行のため、自分の力で身の保全が難しく、かつ生命の存続が危ぶまれる人々に対して、最期まで人間らしくあるように医療、看護、介護と共に行うリハビリテーション活動」と定義されているようであります。

リハビリテーションは対象者の病期や介入する環境(場所)に応じて、「急性期」「回復期」「維持期(生活期)」などに分かれますけれども、「終末期」すなわち死を前にした方に対して行うリハビリテーションはまだまだ発展途上であるように感じております。

大田先生は誰にとってもリハビリは死ぬ直前まで必要であり、それは最期まで人権を守るということでもある、ということをおっしゃっているのではないでしょうか。

これまで比較的注目されにくい分野であった終末期のリハビリテーション、わたくし今後はより発展していくのでは予想しております。願わくば、わたくし自身も終末期のリハビリテーションに貢献しうる人材となることを目指したく存じます。

 

”地域にはいろいろの考え、気持ちを持って苦悩している障害者や家族が存在する。この人たちに、どのような手を差し伸べるのかを考え、それができるような地域に少しでも変えていく活動が地域リハビリの根本である”

こちらも地域リハビリテーションについての文言でございますが、地域という考えを少々除いたところで、ここで述べられている理念は大きく変わらないのではないでしょうか。

つまりはリハビリテーションの本質は地域リハビリテーションの核と大きな違いはなく、だからこそ「地域」がもてはやされる時代においてリハビリテーションが益々必要とされ、活きてくるのではないでしょうか。

自らの置かれる状況も世の中の情勢も、知らずしらずのうちに変化していくものですが、どんな時代であってもリハビリテーションの理念や考え方に立ち返ることで、よりよい社会の形成につながっていくように感じております。

 

きっとこの『リハビリテーション入門』、もっと深読みできる書籍であるに違いないのですが、わたくしの未熟さ加減ではこのような浅い理解にとどまってしまいました。

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懲りずに明日からも、精進できるよう努めてまいりたいと存じます。

それではごきげんよう

 

ヒラツカアキコ